2012年2月27日 (月)

テレビ ドキュメンタリ 聞き書きによる人の再生 

たまたま見たドキュメンタリー。

日曜日になにも見るものがないと、BS日テレで、東日本大震災の関連番組がやっていた。 

結構多いジャンルなので、そうそう流してみてたのですが、すぐにひき込まれてしまった。

世の中に、「聞き書き」をする人たちがいるそうだ。森や自然を守る人たちの長い長い活動を聞いてそれを書いて残していこうという営みみたいだ。

このボランティアで聞き書きをしている人たちが、震災に被災した人たちのそれまでの人生を、自分のしてきた仕事を「聞き書き」していこうという活動をはじめようとしていた。

当然、震災の復興もままならないなか、こんなことをして、なんの役に立つのか、ボランティアの人たちにも迷いがあり、現地に到着しても堅くなって言葉がすくない。

しかし、被災者は、生き生きと語る。それまで自分たちが築き上げてきた、漁業や養殖場、大工の職人魂を語る。語っていくうちに、自らのプライドを思い出す。それしか出来なかった。でもやってきた。

語っている人々は、目を輝かせる。大工を病気で引退した人はいう。今度会ったときには、鉢巻して大工をしているかな、と。

それぞれの人の心の再生だ。「聞き書き」によって人に力を与えている。

やがて時間がたって、なにもできなかった人たちが、すこしづつ前進している。

「聞き書き」をしているボランティアの若者も自らの進路に悩んでいた。しかし「聞き書き」をしているうちに、みんなの言葉に勇気をもらい、留学に踏み出していく。

「聞き書き」はただ、聞くのではない。

自分が聞いた言葉で自分が学び、語り手が生きてきたこと残すこと。

一歩間違えると、なにもなくなってしまうとおもうドキュメンタリー。成功するかわからずに、このドキュメンタリーを始めたはずだ。撮り始めたことには、本当に勇気があるとおもいます。

今年見た映像では、今のところ一番でした。

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2011年11月13日 (日)

恋の罪 東電OL事件は、フィクションになると複数の女性が登場する。

池袋シネ・リーブルでみる。
園子温監督の新作をみました。
あいかわらず、饒舌で人の神経を逆なでしながら、傑作を作る人ですね。
話としては、当たり前でよくある話であるが、いちいち、映像的な迫力を持って詩的に本題にきりこんでいく。
東電OLの話が基本となっているが、話的には全く違い、単に、インスパイアを受けただけで、設定も、有名大学助教授となっています。
この話にインスパイアされたのは、グロテスクと言う小説もありますが、必ず他に二人女性がでてくる。
対象的なまじめな人と、言うよりは、いずれも心に影があり、それを隠している人たちである。
最終的には、スポットがあたるのは、みんなになるが、そうでないと、描ききれないのだろう。
それだけ心の闇が、大きく深い事件だったのですね。

いつも思うのですが、映像、内容が好みでなく、腹立たしさまで感じるのに、最近では毎回その年のベストワンである。
我々の魂の奥底にある、見えないものを見せてくれているからだろう。

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2011年10月24日 (月)

第24回東京国際映画祭 孤独な惑星 鏡は嘘をつかない

なぜか、一層と盛り上がりが見せない東京国際映画祭。会場もなぜか六本木とシャンテシネの二手に分かれてやっていたり。映画祭の上の方の人たちにやる気を感じさせてくれない。この映画祭もしかしたらもう役割が終わってしまったのではないだろうか?

カンヌに追いつけとがんばっていた徳間時代、不況の中アジアの映画の拾い出してきたここ10年。もうコンペティションにもアジアの風にも興味が僕自身もなくなってきてしまった。

ファンの中でも離れていった人がいるのではないか?このままでは、なんとなく、来年とわいずとももうすぐ、映画祭そのものが無くなってしまうのでは、と思います。

そんな中アジアの風の2本を見てきました。一本目は「孤独な惑星」

こちらイスラエルの映画ですが、なぜかロシアロケ。戦争の最中に狼とともに2年暮らしたひとシベリアに渡って探しだす、ドキュメンタリーロードムービー。

見つけ出すまでは、なんとなくコメディタッチになっているが、見つけ出した後の話がすごい。これ実在の真実の人の話のインタビューというからびっくり。

ポーランドのユダヤ人の少年がドイツ兵から逃げるために、森の中を逃げ回っていくうちに自給自足の生活に狼が傍によってきて、獲物を分け与えていた。しかし捕まったのは、ロシア。シベリアにつれていかれたが、故郷に戻っても誰もいない廃墟しかなく、ユダヤ人墓地に言っても証明するのは、裸にされてから。この時に言った彼の言葉が、印象的。

「狼とともに自然に生きた方がよかった。その方が、人と接するより幸せだった。」

二本目は、「鏡は嘘をつかない」

インドネシアの映画ということで、まったく期待していなかったが、素晴らしい映画だった。

海上生活をして、海の幸を生活の糧とする人々。その中で主人公の少女は、行方不明の父を鏡占いによって探し出そうするが、全く駄目。それでも父が帰ってくることを信じている。そんな彼女の母は、一人小さな漁で生活を切り盛りするが、ある日イルカの研究者を下宿させることになり、、ほのかの思いをイルカ研究者によせる。

とても海がきれい。子供たちの演技の自然で違和感がない。リアルな映画であるが、ちょっとだけファンタジック。シナリオもうまいし、自然のとらえ方がとてもうまい。25歳の女性が作ったいうからびっくり。なにしろ完成度が高い。質問でだれも触れなかったが、3.11の日本の津波の映像がでてくる。海を神として海からの恵みで生きている彼らにとって衝撃的な出来事であったようだ。

なかなかこれは、将来の巨匠を見つけた気分ですね。

来週もまた何本か見る予定ですが、なかなか難しいかもしれない。

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2011年5月12日 (木)

星を追う子供 新海誠の新作は宮崎駿へのオマージュ

5月8日の夜に池袋シネマサンシャインでみました。

観客は夜の回ということもあって、若者が98%でした。

男性女性の比率は、ぱっと見で、7:3で男性が多かったようにおもえます。

というか、あまり見ていないかな。

作品は間違いなく傑作です。

ただ、どこかで見たことがある。それは宮崎駿の作品ばかりです。

基本的には「シュナの旅」をベースとして、ナウシカ、もののけ姫、ラピュタといった作品群のなかで見たことのあるシーン、アイテムがでてきます。

明らかにオマージュですね。パクッているという人もいるかもしれませんが、作品がそれを超えています。そんなレベルが違いますね。

ただ、物語の原点は、ギリシャ神話や、古事記のイザナギの話の死んだ妻を求めて、死者の世界へ会いに行く。

それぞれ目的は違うが、この世界には居場所がないと考えていた主人公の女の子と、その先生で、死んだ妻をよみがえらせるために、地下世界を旅する二人。

まあ、わからないところもある。なぜ、異人と呼ばれる影の人たちは、寝ている主人公の女子を連れていったのだろう?その場で殺すのではと思ってしまう。

背景のディティールの細やかさは天下一品であり、なおさら情感がわいてくる。

やはりすばらしい。もう一度観にいってみてみよう。

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2011年5月 5日 (木)

「浮雲」と「流れる」 超満員の西武ドーム、高齢者が超満員の新文芸座

西武ファン3万人の大観衆がひいてしまうほどの衝撃的な満塁ホームランによる、普通では考えられないエースの試合の大逆転負けの後、再び5月4日も西武ドームへ行き、今日こそは、と思っていたのですが、ライオンズは結局、石井一久が2回から崩壊。3回持たず降板すると、やはりその後もまるで、ロッテの打撃練習と応援練習の場になり、試合時間の70%が、ロッテの攻撃の時間だったのではと思い、あ~もう今シーズンは早い終わりだなと、感じてしまったのです。

傷心の心のまま、このまま家に帰ってもつまらないと思い、池袋についたところで、新文芸座に寄りました。すると上映していたのが、高峰秀子追悼特集の最終日で、「浮雲」、「流れる」やっていました。

両作品とも日本映画ではなくてはならない名作と聞いていて、見たこともないのし、入れ替えの時間もぴったりなので見ることに決めました。

びっくりしたのが、観客数でした。まず切符を買いに3Fロビーにいくと、すでにロビーはいっぱいで、階段にならんでください、とのこと。しかも前の回は立ち見とのこと。とりあえず切符を買って並んでいて気づいたのですが、明らかに高年齢層。というか平均年齢60オーバーの人々ですね。あきらかに私の母の年齢に近い人たちですが、しっかり階段に並んでいます。きっと昔シネコンになる前に映画を見るときには並んでいた人たちなのだろう。なんと前の回に入れ替えに時間が掛かってしまったので、10分ほど時間が押しているということ。僕も階段で並んでいましたが、私が見えるとところから、某大女優(しかも大御所!)の方が見えました。声のじも間違いないでしょう。でも階段にみんなと一緒に並んでいて、明らかにこの映画を見るのを楽しみにしているようでしたので、声をかけるのはやめました。

さて、やっと入れるようになりました。私は、どちらかというと早かったほうみたいで座席は取ることができましたが、何人か座席が見当たらなく探している人たちがいました。まあ若い人っぽいのでいいか。

何しろ満席!!立ち見!しかもどう見ても60オーバーの年齢の方たち。昨日の西武ドームを思い出し、満員御礼だ!!そんなときに昨日の満員の観客をしらけさせた相手チームの満塁ホームランを思い出す。今日の映画は大丈夫だろうか?

映画が始まった最初は「浮雲」から。高峰秀子は何しろ綺麗で、奇妙な色男と堕ちていく女を見事に演じる。この原作も読んではいないが、この男に絡んで、運命とはいいつつ、3人の女性の死がある。でもこれがあまり浮き彫りの差が激しい。本妻が亡くなっても、愛人が元夫に殺されたほうに思い入れが深い。しかも高峰秀子にも好きな思いを転がしている。まあなんともうらやましい限りである。わたしは、この手の映画を見るとすぐに退屈になるのですが、しかしこの映画を見ていて飽きさせない。なぜだろうと思ったのですが、脚本の構成がうまいのですね。時々入るハノイ時代の輝かしく生きている二人。今にも自殺をしようとする二人。明るさと暗さをうまく対応させて、このあたりが成瀬監督の妙ですね。

次の映画「流れる」も面白かった。こちらは大川端の花町で、時代の変化ととも生きていく芸者さん一家を描いた作品でした。これは本当に芸者連中のみでなく、そこにくる女中さんが、恐ろしく気の利く、腰の低い女中さんで、どこかで見たことあるなと思ったら、田中絹代ですね。こちらも話しに飽きがこない。なんといってもキャラクターが際立っていいですね。芸者屋の女将に山田五十鈴。ザ・芸者といえる芸達者なキャラが一目瞭然。その娘で芸者にならなかった高峰秀子。その芸者屋に長くいて、なんとも年取った芸者が杉村春子。このあたりもいい味をだしている。ビスコンティではないが、古き良き時代が次第に失われていく寂しい背景を持ちながら、コミカルに話を進めていくのがすごい。

すこし、これで満員の西武ドームでしらけてしまった感じが、満員の新文芸座で救われた気がします。

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