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2006年5月29日 (月)

映画「無法松の一生」(三船敏郎主演) 男のせつなさ

BS11で以前ビデオに録ってあったものを見ました。

初見ではないはずなので、ただ録っていただけだったのだが、別のビデオを探しているうちに始まって見始めたら面白くて、面白くて。

最初は喧嘩をした松が帰っているはずだがと巡査が車屋にやってくる。巡査に隠そうと、叔母さんがいろいろ取り繕うが、そばを6杯注文しているところを見つかる。ここもコミカル。この警官も人がよく、「いや、いるのがわかっていればいいんだ。松が喧嘩したのは、小倉警察の師範だから。」と言って帰ってしまう。松は人気物。喧嘩早いが、その人柄から誰からも好かれているらしい。筋の通らないことが大嫌いで、それが高じて喧嘩をするらしい。今まで顔パスで入っていた芝居小屋で入るのを断られた為、芝居小屋の客席でにんにく焼きを始める。怒った劇場関係者と喧嘩になったが、地元やくざの親分に止められる。「お前が怒るのもわからなくない。でも何も関係のない、芝居を楽しみに来ていた客たちに、どう落とし前をつけるのか」とカッコよくいう。これが若い、若い笠智周。しぶいぜ。松は「すまねえ。申し訳ない。あやまる。」と全面的に頭を下げる。「なんと竹を割ったような男じゃ」とやくざの親分も上機嫌。

そんな松が木から落ちた子供を家まで送ったことから、軍人大尉の吉岡家に出入りするようになる。この家の主人は松を大変きにいり、「お前が軍人だったら、少将までは行っていただろうな」という。「いえいえ、大将です」と切り返す松。ところが、あっけなく吉岡は死んでしまう。残された夫人と、子供の面倒を見始める。とはいっても吉岡によくしてもらった恩があると。近くの学校の運動会では、飛び入りの徒競争で優勝し、子供にも希望を与える。そしてぼんぼん泣くんじゃないぞと、父親がわりのように接する。このあたりのエピソードで、ぼんぼんの凧の糸が絡まって、困っているのを人を乗せて通りかかった松が車に乗せているのを、そのままにして、糸を座って解いているとき、はるか後ろで、早くこっちに来いと後ろでパフォーマンスをしている、車の客のパフォーマンスが面白い。松がこれはダメだと、車に戻ると、客はなにもなかったように、怒りもせずに車に戻って座っている。これをワンシーンワンカットでとっている。たぶん客は松とは知り合いなのかな。

松は、吉岡の未亡人に明らかに惚れている。でもそんなことは言い出せない。従僕のように、子供に未亡人に尽くしている。未亡人もわかってくれていいのだと思うのだけれど、いやわかっているのかも知れないが、松の親切をありがたく受け入れ、子供為にと生きている。松の純粋さがすごくせつない。

またぼんぼんが大きくなって、熊本から先生を連れてきて、太鼓を聴きたいと言っていたとき、この映画が最高潮になる。もう、太鼓をたたける人はいないと言われていたのだが、松はみごとな太鼓のさばきを見せてくれる。これには参った。男が見てもかっこいい三船敏郎の頑強な体全部で太鼓をたたきはじめる。太鼓のリズムとともに、広角のカメラが聴衆をとらえる。また三船のたたいているカメラの切り替し。みごとな編集と、見事な三船の太鼓さばき。思わず拍手をしたくなる。(外国だったら拍手ものだろう!!!)その後に未亡人のところにやってくる松。二人だけの夏の夜。松は終始下を向いている。「俺は汚い男だ!もう会うことはないでしょう。」と家を去っていく。不器用な松の、未亡人に告白する情緒あふれるシーン。なんという純情だろう。

松の人生を比喩するような、人力車の車が止まる。松が冬の雪の中で倒れて死んでしまう。

その死んだ松の荷物の中からは、未亡人からの手伝賃に手をつけず、また未亡人とぼんぼんの名前で500円もの貯金をしている。それを知った未亡人は泣き崩れる。なんとまあ純情一本筋の男だろうね。

なんか僕にとっては、せつなさがつのるラストでした。

それにしてもこの映画、ベネチア映画祭でグランプリ。その前の同じ監督で阪東妻三郎版の時には、戦前のため、検閲でカット。その後にGHQにて戦意高揚の唄があるとカット。合計18分もカットされたのは有名。三船で、カラーワイドで再映画化してこのグランプリをとった稲垣浩監督はさぞ敵討ちに成功した気分だったのでしょうね。

ちなみに阪東妻三郎版のカメラは宮川一夫。前にNHKでやっていたが、この作品で多重撮影を多く使っている。特にラスト10分の一巻は松の一生を車輪と重ねているため、多用されている。そのときの撮影の設計図を公開していた。びっくりしたのは、当時はまだ現像でフィルムを多重にする技術がなかったため、1シーンを撮影して、フィルムを巻き戻し、別のシーンを撮影してシーンを巻き戻し、それがあるときには3つぐらい重なっていて。その設計図がフィルムのコマ数を線で現して、いくつも重なるようにしていて、広げると全体で畳み2畳くらいになっていた。

なんという、アナログだろう。フィルムは一巻しかないので、一回も失敗は許されない。宮川一夫が自慢げに出していて、「撮影方法は?」の問いに「教えない!!」と笑って子供の様に答えていたのが、印象的でした。

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2006年5月28日 (日)

映画「さよなら、みどりちゃん」

これはDVDで見ました。劇場公開のときから気にはなっていましたが。

主人公の女の子は、バイト先の好きな男、西島秀俊と初めて寝たところから始まる。それはすきな人に抱かれてとけてしまいそうになってしまったとのこと。ついに好きな人の彼女になったと思ったら、実は彼には彼女がいるからと、彼女にはなれない。彼の彼女の名前はみどりちゃん。どんな人なんだろうと思いをはせる。

かれはいい加減で、主人公の女の子をスナックのホステスに紹介したり、バイトに入ってきた新人の若い女の子に手をだしていたりする。しかも全てを主人公の女の子に気軽に話している。しかも主人公の女の子は時々西島秀俊を部屋に上げて寝ていたりする。そんな女の子の焦燥と共に、話は淡々と進んでいく。ただそんな関係でやけくそになった主人公の女の子は、西島秀俊の後輩と寝たりする。そんなおりに、西島秀俊の彼女は沖縄から久々に上京。スナックのママから彼女が来ているよと、聞いた主人公の女の子は、人目みたい、会ってみたい、でも会ってどうなるのかと気持ちがふらついた中で、タクシーに乗り込む西島秀俊と彼女の姿を目撃。夜の町を気持ちのわからぬまま、タクシーを追いかけて走り続ける。そのまま追いつけづ夜の街をさまよった後、アパートに帰った彼女の前に、玄関で待つ西島秀俊の姿が。部屋に入って寝る。そんなこんなを見ている後輩は先輩は酷いです。君も別れたほうがいい。というが西島秀俊と主人公の女の子は手をつないで逃げてしまう。主人公の女の子の部屋の中で、西島秀俊は彼女と別れたことを告げる。女の子は寝た後に西島秀俊に告白する。しかし西島秀俊は後ろを向いたまま、服を着て帰ってしまう。女の子は踏ん切りをつけ新しい自分を見つける。

といったいまどきの女の子の話。なにしろ主人公の二人の魅力もさながら、周りの人も魅力的な人がたくさん出てくる。スナックのママ。スナックの客。西島秀俊の店で働く男。その店の新人の女の子。そしてみどりちゃん。

みんなみんな悪い人はいない。西島秀俊もにくいながらに、許せないながらに、憎めないキャラを見事に演じている。それにしても西島秀俊は、この手の映画なんでも出ている気がしてる。以前から彼を注目していたけれど、彼の出演作はすごいね。見逃せません。

星野真理もまさか!と思うような濡れ場もこなしている。そして魅力的な普遍的ないい男に惚れる、そしてどうしても好きで好きでしょうがない女の子を魅力的に演じています。

しかし、女の子は好きになると、彼女や、妻がいてもどうにもならなくなってしまうのですね。途中後輩が、やめてくださいと言っていてもそれは女の子の方からすれば、聞こえないということが、この映画を見てよくわかりました。自分自身でけりをつけない限り、気がつかない限りは、周りが何を言っても仕方ないのですね。なんか西島秀俊の後輩になぜか感情移入してしまう僕でした。笑。

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映画「嫌われ松子の一生」

池袋テアトルダイヤで見てきました。観客は20代前半の女性、またはその年代のカップル。男一人は僕だけかなって感じでした。初日ということもあり、満席。早めに劇場に行っていてよかった。

原作は、半年前くらいに読んでいて、映画化されると面白いな~なんて思っていたら、キネ旬を読んでいたら、なんと撮影中とのこと。しかも監督は「下妻物語」の中島監督。え~なんかあわないな~と思っていたら、コメディ、ミュージカルにするという。まあなんにしても今年一番の期待作になるなと。

実際映画は基本的には本とおんなじ。瑛太扮する若者のもとに、父がやってくる。自分がしらない叔母である松子の骨を持って。松子の部屋を片付けに行った瑛太は、しらない叔母の松子がどのように生きてきたかを知ることになる。生前松子の周りにいた人から松子のことを聞くことになる。

松子の人生は絵に描いたような転落ぶり。中学生の教師から、ソープ嬢、そして人殺しと。それでも愛によって苦しいなかにも生きていこうとするが、ついには裏切りにより引きこもりとなる。そんな中で、昔壁の中で一緒にいた友達と会ったことから、美容師により再起しようとするが・・・・。

中島監督の絵はそれにしてもPOP。デフォルメした、映像は見事。音楽にも見事に注意を払って、松子の生きてきた世代世代をさらりと描ききる。これがなければこの映画もっと、もっと長くなっていただろう。ただ、よる見る夢の世界を現したような世界は、漫画すぎるところもあって、ちょっと・・と思うところもある。しかしそれを差しひいても、CG時代のミュージカル映画として新しい時代を迎えたことを感じさせる。

しかしそれ以上にこの映画は、一人の普通の人間の生き方を考えさせられる。たぶん普通の人は、40歳を越えれば、自分の生き方に関し不安を感じているはず。また、なにかしら過去を背負うことになる。それは楽しいこともあり、苦いこともあり、出会いがあり、別れがあるから。それは愛する人との別れや、親の死など。だれにでも訪れる。また金が絡んで人生を苦しめる。それは家のローンでもあるし、子供の養育費であったり、愛人につぎ込む金や、ギャンブルの金。そんなこんなで誰もが持っている人生は必ず物語を越えるものができるのである。松子以上の人生を送る人はそうそういないかもしれないが、それに近い人はどこにでもいる。そんな普遍性が見るものに共感を与える一部となるでしょうね。きっとそんなところに監督も、出演者も、そして見る人も惹かれたのでしょうね。

それを自分なりの表現でみごとに描ききったこの作品は今年見た中でもベストに入るに違いないですね。

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2006年5月15日 (月)

カーブの先

カーブの先

もしかすると、あの先に辿り着けるところがあるかもしれないと。でも僕の前にはカーブがあるだけ。いつのまにか、同じところを歩いていたみたいだ。

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2006年5月14日 (日)

映画 珈琲時光 まれに見る電車、喫茶店の映画

珈琲時光みましたね。

候監督、映画はいろいろ見ていますが、乗れる映画、乗れない映画の差が大きいかな。また一回では、味わえないよさがある。一番すきなのは「恋恋風塵」。これは冒頭に汽車がトンネルを抜けて走っていくシーンから惹かれましたね。また「冬冬の夏休み」も誰にでもある、子供の時の夏の風景をそのまま抜き取ったシーンが重なる映画も大好き。けれど、鳴り物入りでみた「非情城市」はいまいち、乗れませんでした。というか話が全くわからなかった。

今回の珈琲時光は、淡々と一人の女性を東京の中で映し出す。この東京、どちらかというと市川準の映画「東京兄弟」の町並み+神保町、高円寺、御茶ノ水が淡々と映し出されます。女性もあまり感情を出すことなく、むしろ押し殺して、話もぼそぼそとしかしゃべらない。

でもこの女性なにかありそう。なんと台湾に行っていたときに、当地の恋人の子を妊娠してしまったみたい。故郷にかえって、母に告げる。また古本屋の友達、てんぷら屋(いもや!!これは、神保町にある知る人ぞ知るてんぷら屋!!)の友達に告げる。故郷から母と、父がやってくる。子供はどうするのと淡々と話す。傍らには何も話さない父。母も強くは言わない。この母も実は継母みたいだ。で、この女性は台湾人の音楽家の人を調べているフリーのライター。それで彼がかつて尋ねた場所を歩いてまわっている。

しかし、この女性と、浅野忠信の会話、また萩原聖人の会話が小さすぎで聞こえない。なんの会話をしているのだろう。しかし、女性には何か尋常でないことが起こり初めているのは間違いなく、事が今にも始まりそうな気がするのだけれど、この映画では何も怒らない。むしろ観客の想像力を刺激する。

まあ、そんな感じの映画ですが、ロケーションは大変いい。鬼子母神→都電→大塚駅→山の手線→新宿→中央線→御茶ノ水といった乗り換え、乗り換えが淡々と描かれる。またあるシーンでは、神田、秋葉原間で山の手線に彼女が乗り、平行して走る京浜東北線を淡々と写して、その電車にふっと浅野忠信がドアの近くにいるのが見えたりする。とくにそれでも絡みはなかったりする。なにしろ都電は僕のお気に入りだし、大塚は実家であるし、お茶の水はかつて勤めていた場所の近くだったりするのでこのロケーションには愛着がありますね。聖橋からの総武線、中央線、神田川のすぐ上をトンネルから出てくる丸の内線が交差するシーンなんかは、ついつい嬉しくなっちゃう。でも、たしか市川準が、かつて「通勤快足」のCMでも同じアングルで撮っていたので、新鮮味はないですね。また、彼女がいる喫茶店もすごくいいですね。僕は最近のカフェや、スターバックスは苦手で、こういった喫茶店が大好きで、何時間もいたりしてしまう。そんな風景ばかりで、新宿、六本木、渋谷など、都会らしい都会がほとんど出てこないのが、すごく好感がもてます。

ただ、あまり悠長だし、特に事件といった事件もおこらないので、この映画を好きって人はあまりいないでしょうね。

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映画 ブレイキング・ニュース

監督 ジョニー・トーは、2003年のフィルメックスで「PTU」を見て以来、新作が待ち遠しい監督の一人となりました。

「ブレイキング・ニュース」もカンヌを少し沸かせたと聞き、どんなものかと思っていたのですが、びっくり。

まず、冒頭。高い位置から通りを写して、だんだん下へとカメラは下りてくる。そこで一人の男が建物へ入ってくる。その男が2階への階段を上がる。カメラも上に動いて窓の外から男の入る2階の部屋を映し出す。。なんか悪者が取引の準備をしているようだ。カメラはそのまま下がり、下の通りに車が止まる。そこへカメラが寄る。無線で仲間に連絡。どうやら、警察。2階にいる悪者を一網打尽にしようと、通りには何人も張り込んでいる私服警官がいるようだ。

そこへ他からやってきた悪者の車が止まる。警察の緊張感が高まる。しかし、その悪者の車はたまたま通りかかった、巡回の巡査二人に交通違反で捕まりそうになる。私服警官はこれでは、一網打尽の作戦が水の泡になってしまうので、やらせの喧嘩を目の前でして、巡査二人の目をそらす作戦にでる。巡査二人は、喧嘩を止めるほうに夢中になり、車の交通違反は今回だけは見逃す、といい悪者が建物に入ろうとする。が巡査が「車の後ろにあるこの袋はなんだ」と言った時、悪者、私服警官、みんな息が詰まる。いきなり、巡査に向かって悪者は至近距離での発砲。それにつられるように、張っていた警官たちも、悪者に向かって発砲。壮絶な打ち合いになる。この間カメラは上へ、下へ、横へと、縦横無尽に打ち合いを写している。2階にいる犯人は飛び降りる様、応援に駆けつけた警官の車は、弾穴が空く。この間冒頭から約8分くらい。ワンシーン、ワンカット。これはすごい。いきなり、やられた!!!って感じでした。

その後悪者を追いかけているうちに、別の車の事故で取材していたクルーが打ち合いを撮ってしまう。しかしその中には、悪者に対して、命ごいをする警官の姿が。悪者は救急車を強奪して逃げてしまう。

その後、全国放送で、「市民を守る警官が悪者に命ごいをしている」と話題になってしまう。警官の権威を確保するために、警察の幹部内で緊急会議が開かれ、「犯人を逮捕するところをマスコミに公開しましょう」ととんでもない、発言が会議を通ってしまう。これも見事な発想。犯人を追い詰めていく様を中継していくのだが、その責任者である警視はケリー・チャン。なんと「これはショーなのです。」と平然と言ってのける。

マスコミのあり方、情報の公開の仕方、見事に考えさせられながら、見事のエンターテイメントに徹しているジョニー・トーの実力は計り知れない。しかも中途半端でないところがすごい。香港の町は映画にどれだけ協力的なのだろうか。東京ではまずできないような撮影だ。それと、ジョニー・トーは、警官者が好きですね。「PTU」も警官ものだったけれど、「ブレイキング・ニュース」も警官者。ジョニー・トーの警官者には、はずれなしかな。

こうなると早く新作の「黒社会」の日本公開が待ち遠しい。

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2006年5月13日 (土)

映画 ピンクパンサー

今日は池袋HUMAXでピンクパンサーを見ました。

ピンクパンサーは前作(ピーター・セラーズ)をテレビでは何回か見ているけど、小さい頃なのであまり覚えていない(汗)でも、スティーブ・マーチンが好きなので。

スティーブ・マーティンは、「バックマン家の人々」(ロン・ハワード監督:そういえば、この監督の「ダヴィンチ・コード」も20日に公開!!!)が大好きで、それ以来のファンです。「裸のガンを持つ男」にも出ていたかな。

物語は、どうしようもない警察官のクルーゾがサッカーコーチ殺人事件およびコーチが持っていたピンクパンサーの宝石盗難事件で、マスコミを避ける為に呼びつけられるところから始まる。このクルーゾも最初は警部ではなく、3級警官であったが、この事件の為に警部に昇進。しかも運転手兼片腕として一人の警察官(ジャン・レノ、あれこの作品に出ていたんだ!!!!、盟友のリュック・べッソンも「アンジェラ」が今日公開!!!)をあたえられ、コンビとして調査を始める。

しかしスティーブ・マーティンは本国では結構人気みたいで、日本では知名度があるけれどなかなか、観客は入らないみたいですね。(ちなみに今日も初日でしたが、映画館は数える人しかいなかった。)よく言われるのは、日本人の笑いのツボが違うからといわれているが、僕個人としては、結構好きだ。

パターンとしては、二人で並んで歩いていると、扉が開いて一人がぶつかる!っといったギャグが連発。

ストーリは大して語るほどのことはない。ただただ、このドタバタに乗れるか乗れないかが個人的にあうか、あわないかだと思う。

演出は特出することもないけれど、連発するギャグに僕は素直に笑えましたね。特に最後の方にジャン・レノとスティーブ・マーティンが変な格好で、踊るところは、ジャン・レノにこんなことをさせるの!!とかなり最高に笑えました。たぶん見る人によっては、このジャン・レノの姿は不快でしょうね。中途半端だしね。でもこの中途半端さが、個人的にはなかなかいい。

まあ、面白いか面白くないかは、人によりけりって感じですが、スティーブ・マーティン節がピンク・パンサーの音楽に乗って炸裂しているので、すっきりと楽しめました。

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2006年5月11日 (木)

過ぎ去りし

過ぎ去りし

純粋な心で、偽りの言葉を告げた。誰も傷つくことがないように。もう誰もいないけど、僕だけが此処に残っていた。やけに喉が渇く。

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2006年5月 9日 (火)

迷子

迷子

君はどこにいるの?出会った頃の扉を探しているぼくが迷子。 それとも太陽が迷子? けれど、その扉を開ければ生まれたばかりのカササギがみている、月の夢明かりがきっと君を見つけだす。

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2006年5月 7日 (日)

「リンダ・リンダ・リンダ」 文化祭は終わらない

山下監督の「リンダ・リンダ・リンダ」を見た。

今回は自宅、DVD。映画公開時には、見に行きたかったけど、なぜか見ていない。

もともとペ・ドゥナが出演する日本映画として、すごく期待はしていたけど。ちょっと高校生?年齢何歳だよ?って思ってしまったのもあるかもしれない。

ぺ・ドゥナを知ったのは、2001年(だったかな?)東京国際映画祭にて、「ほえる犬は噛まない」という映画を見てから、大ファン。行方不明の犬を探す女の子の姿が、すごく生き生きしていて、また映画自体も凄く面白かったので、印象に残っています。次に見たのは確かその次の年の東京国際映画祭での「復讐者に憐れみを」(復讐3部作の第一作。なんとオールド・ボーイが公開するまでおクラ入り)で耳の聞こえない主人公に、誘拐を誘いソン・ガンホに復讐されてしまう、アナーキストの役。これもすごく難しい役を元気にこなしていた。この二つの作品ですっかりファンになってしまったのでした。

さて、この映画、話はさほど珍しくない、青春物という分類にすることができる。でも他の作品と圧倒的に違うところは、日常がさりげなく、しかもおもしろく描けているから。

たぶん、もっとテンポをよくすれば、もっと気持ちよく見れるのかもしれない。たとえば、もっとぐずぐずしないで、早く演奏を聞かせろ。とか思ってしまう。でも一人一人の表情が日常とぴったりくっついているので、まるで日常の中の出来事のように、映画の中の人物と同化してしまう。珍しい映画でした。まあ人によるのかもしれないけれど・・・・。

たとえば冒頭、軽音楽部の部長が顧問の先生(甲本雅祐)に「恵とりんが喧嘩して文化祭への出演が・・・」というと、顧問は「二人を呼んで話を聞いて、まとめるのが部長だろ!」と言うが部長が「先生が二人を呼んで、話を聞いてくださいよ。」といわれて何もいえなくなってしまう先生。これはよくある、ある、ある。特に会社の中でも。僕はこのシーンから壷にはまってしまって、その後も一人、大笑いばかりしてました。

それにしても、文化祭前日からずっと徹夜、徹夜での練習。その中で起こる出来事。それは「うる星やつら2 ビューティフルドリーマー」ほどではないけれど。ずっとこの瞬間が続いていればいいのに。けれど、早く文化祭は終わってくれればいいのに。この相反する二つの矛盾する心象がうまく再現されていました。

役者は何しろ役になりきっていましたね。恵役の香椎も「ローレライ」よりかは、こっちの方がはるかにいい。前田亜季もよかったですね。お姉ちゃんの前田愛も「カミュなんて知らない」で熱演していたけれど。二人とも体型がちょっと気になる(失礼!)

去年の映画のベストであることは間違いないです。

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戻り道

戻り道

来た道は、もうなくなっている。僕にはわからないけど。だから誰か戻り道を教えて。

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2006年5月 6日 (土)

灰色

灰色

この下で、騙し合い、ののしり合い、殺し合う幻が方程式の様に繰り返す。 この下で、助け合い、喜び合い、愛し合う事もも水面に輝く光のように消えていく。 彼らが飛び去った後に残るのはなに。 灰色の翼の中には、夜も昼も喧騒も静寂もなく、ただ赤ちゃんが眠っているだけ。

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涙。

涙。

とても空が見たいだけなのに。いまこの街は、何色なんだろう

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向こう側

向こう側

向こう側は海。 だって夢でみたもの。 砂の上を裸足で走り、太陽に焼かれるんだ。

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大きな木

大きな木

家の近くには、大きな木があったんだ。何度も登り、何度も飛び降り、虫をとったり、木の上で眠ったり。 木には神様がいた気がする。

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2006年5月 5日 (金)

どこにいくの

どこにいくの

どこにも行きたくなんてないんだ。揺られている僕。でも、いつかは辿り着くのかもしれない。

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いつか来た街角

いつか来た街角

時枯れて、移ろいゆくまほろば。 思い出は坂の上に置いたまま。 吹き荒ぶ風の中に消える。

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渋谷でタバコ

渋谷でタバコ

渋谷タバコの吸い場所。

別の場所で待ち合わせをしたのに、結局ここで逢ってしまい、

お互い顔を見合わせて笑っていた。

その時に、タバコを吸いながら見上げた空。

もう二度とみることのない空。

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2006年5月 4日 (木)

映画 「城」 カフカの世界

二日連続で渋谷ユーロスペース。

朝9時40分開始ということで、ゆっくり起きてギリギリに行くか、どうせ客なんかいないだろうと思っていたら、えええ!立ち見!!!「隠された記憶」が客が入っているからかな。

しかし、カフカ原作、ミヒャイル・ハケネ監督の「城」どうなの?どんな風にカフカの世界をとらえるのか。しかたない、次はいつやるかわからないし、立ち見でもいいか。入ってしまいました。後ろに立とうと思ったけど、通路の階段が空いている。しかも広いぜ!胡坐もかける。こりゃ楽だ。

「城」は見事にオーソドックスな演出。時々「ストレンジャー・ザン・パラダイス」のように真っ黒な画面がシーン、シーンの合間に入る。最初はびっくりしたフィルムが切れたのかと。それにしても原作に忠実ですね。城の姿も城の中の人々もでてこない。官吏社会に翻弄される主人公がおかしくなってくる。

自分としては、もう長い間、会社にいるので官吏社会は充分理解できる。でも郷に入ったら、郷に従えのことわざもあるように、なにもそこまでしてやらなくていいじゃないの?という方が大きいかな。これは原作と同じ感想だけれど。

でも双子の使えない助手、まるで悪魔の使いのような兄弟は、やはりいい味出していましたね。これも思ったとおり。城の姿だけは出てくると思ったけど。でも長い小説をよくまとめていますね。だぶんもっと長かったら、おもしろくもなんともないと思う。さすがミヒャイル・ハケネ。

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映画 「ニューワールド」 久々の打ち切り映画

これは、リアルタイムではなく、4月22日(土)に池袋東急でみました。観客は初日土曜日昼間にも関わらず、僕を含めて20人くらい。

なぜ、今になって書くかというと、昨日池袋の街を歩いていたら、もう既に別の映画に変わっていたから。あららやっぱり久々の打ち切りだぜ!

いつも思い入れがある打ち切り映画。高校生の時にジョン・アービング(当時はそれほど日本でメジャーな作家ではなかった。)の原作で、どちらかというと僕はジョージ・ロイ・ヒル(明日に向かって撃て!)監督の最新作で「ガープの世界」と言うのが1週間で打ち切りだった。見たいと思っていたら、あら映画館間違えたかな?と思ったりして。この映画今になるとすごい映画、当時それほどでもなかった、ロビン・ウィリアムズ、まだ「危険な情事」前のグレン・クローズが出ている。ガープが生まれ、死ぬまでの波乱万丈の人生を描いた夢のある、愉快な映画。人と人との繋がり、暖かさを見事に描いている映画でした。なのにと当時はスターもいない、アメリカの新進作家(当時は!)の原作、ということで客なんて繰るわけもない!!!ということなのでしょうね。1週間打ち切りでした。「幻の湖」という作品もそうですね。黒澤明等の脚本で有名な橋本忍が監督の超大作!東宝え50周年記念ということで映画を公開1年くらい前から宣伝をやっていたのですが、公開するとあらま、2週間で打ち切りでした。これも後ほどに見たのですが、こんなヘンなみたことない!!!!という映画でした。なるほど映画の撮影はきれいですが、話が唐突で、おかしくて、戦国時代からスペースシャトル、その間に愛犬を殺されたソープ嬢のブルジョア音楽家への復讐。その復讐までの延々と続くマラソン。仲間のソープ嬢のヘンな台詞。なにしろこんなヘンな、超大作はみたこともない映画でした。何年もたって、カルト映画になってしまい、1年に1回くらいどこかで上映されて、わざとらしく、まるで歌舞伎の掛け声と同じようにヘンなシーンがくるとわざとげらげら笑うという映画になっていました。ちなみに私も2回見ています。自分からはわざとらしく笑わないけれど、ついついつられてしまいます。あまりわざとらしく笑うのは好きではないけれど・・・・。

おっと、外れてしまいましたが「ニューワールド」は幻の監督、伝説の監督、テレンス・マリックの新作。ポカホンタスの話の映画化ですね。まあディズニー(だったけ?)アニメで有名な話ですね。ネイティブアメリカンのポカホンタスと、英国から開拓に送られてきた男との恋話ですね。テレンス・マリックがどうしてこの話を?と思ってみたのですが・・・。

「シン・レッド・ライン」の時と同じように、主人公その他の人々の胸のうちの言葉がメインですね。心の言葉が綺麗な風景と同化していて、なるほどこれを狙っていたのかと思わせられます。時に厳しい開拓の世界、時に美しい新世界。木々の緑がすごく印象的。対比するような雨、雪。その中にいる王妃ポカホンタス。そりゃ、惚れるよ。新世界のな中でみた様様な体験がセツセツと感じ取れる映画でした。

でも打ち切りじゃ~ね。僕としてはテレンス・マリックの次回作品も見たい!と思っています。次回作を準備しているというが、大丈夫だろうか。

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2006年5月 3日 (水)

映画 「隠された記憶」

渋谷ユーロスペース。

あれ、こんなところに移ったんだ。円山町。周りはホテル街。いや~疚しさがあるわけでないけど、ここを一人で歩くのは恥ずかしい。

新しいユーロスペースで見たのは「隠された記憶」。ミヒャエル・ハケネの新作、ジュリエット・ビノシュが出ているというそれだけで、なんの予備知識もなく見に行ってしまいました。

冒頭から淡々とした、これといって特徴のない街の風景が延々と映し出される。だいたいハケネや、アンゲロプロス、アトムエゴヤンの映画は眠くなる。またこのタイプの映画だ。と思っていると、人が家から出てきて去ったところで、映像が巻き戻される。あれ、今までみていた映像はビデオだったんだ。そう、これは主人公の所に送られてきた、ビデオ。しかもどうやら主人公の家を延々と監視カメラのように写しているだけ。特に脅迫状もあるわけでない。次に送られてきたのは、また知らない場所の通り、そして団地の廊下。しかも今度は子供が書いた口から血を吐き出すような絵がついていた。さすがにだんだん恐怖に変わってくる。そして主人公は、子供の出来事を夢で思い出す。奥さんにも言えず、一人ビデオで撮られていた団地にいく。そこにいた男とはどうやら知り合いみたいだ。ビデオの件を問い詰めても知らないという。しかもお互いあまりよく思っていない・・・。数日後新たなビデオが届く。それは男を訪ねていた主人公のやり取りがそのままビデオに撮られていた。しかもそれは、家族だけでなく、会社の知り合いのところにも届いてた・・・・。

という風に観客は初めからずっと??????といった形で映画をみることになる。誰が一体、なんのために、子供の頃にあったことって、あの男とどう関わりがあるの?っとだんだん引き込まれていく。でもある程度テンポが淡々としているので、睡眠不足だとちょっと辛い。だがこれが意外にスリリングさを大きく引き出しているから不思議だ。

しかしとてもネタバレになるが、恐ろしいことがおこる。それは男ともう一度あったときだ。なぜ?どうして?そうなるのか?なんおためにそんなことをするのか?いままでしてきたことはどうなるの?といった考えが最後まで、最後まで頭から離れない。そこには人種差別の背景があるようだが。主人公は人を殺したわけでもないけれど、ある罪を背負ってしまう。それが復讐なのか。ラストちかく男の息子は主人公に言う。「疚しさですよ。それをわかって欲しい。」隠された記憶を暴くことでなんの意味があるのか?書こうと思えばいくらでも書くことができる。でもそんなことはもはやこの台詞で意味がなくなる。なぜならこの疚しさをメインにいくらでも、考えは広がっていくからだ。さすがハケネ。観客に問わせる見事な構成だ。

結局最後までビデオを送ったのは誰か?とうことは僕には全くわからなかったし、ポスター等に書かれていた、衝撃のラストカットの意味もわからなかった。(知っている人がいたら教えてください!!!なんだかんだ言っても気になる)

あとジュリエット・ビノシュ、年とったね。また汚れた血のような演技がみてみたいけど・・。

ある意味「ユージュアル・サスペクツ」や、「カル」と一緒でもう一度見たくなることは間違いない。でもこれらの作品と違ってテンポが淡々としているので今度は睡眠をたっぷりとってね。

明日はカフカの「城」が最終上映となるみたいなので、9時40分に渋谷にいけるか、睡眠も心配だけれど、せっかくの機会なので見たいと思います。

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映画 「香華」-「sayuri」より前の誇るべき日本映画

今日は、「香華」(木下恵介監督 有吉佐和子原作 1964年作)です。

この作品3時間半の2部構成の大作。文芸作品でこの大作とは。当時の日本映画華やかりし頃の映画。新文芸座でみましたが、松竹110周年でニュープリントですね。すごくきれいな状態でみれました。しかもシネマスコープ。

それにしても女の一生を描いた大河ドラマ。母と娘の確執と切っても切れない絆。朋子は小さなとき、203高地を落としたときに父とは病気による死別。奔放な母は、別の家に後家として入る。母郁代の嫁入り姿に「おかあさんきれい」と朋子。家に残された朋子は、祖母が死ぬと母の元へ。しかし継父とうまくいかず、静岡の楼閣に女中奉公として売られてしまう。13歳の時に自分が働くところへ母郁代もうられてくる。「おかあさんとは呼ぶな」とおかみさんからきつい一言。しかし稽古に稽古を重ね、東京の赤坂で一流の芸者となる。そこで、華族の旦那さんもついたのだが、飲みにきていた陸軍士官学校の江崎の純情に惚れてしまう。これが一生一代の恋となり、関東大震災を契機に、芸者から足を洗い旅館の女将に。しかし江崎は母が楼閣にいた女郎だと知ると去っていく。母郁代は何かにつけて朋子の世話になろうとする。下男だった八ろうと所帯をもち、都合が悪いときだけ朋子のところにくる。そんな母を朋子は「お母さんのせいで私は結婚できない!」と罵倒する。やがて戦争が終わり戦火で焼けた旅館も立て直すと江崎が戦犯で死刑になることにきまる記事をみつけ巣鴨プリズンに通う。やっとあえても江崎の家族と一緒。ひとことおひさしゅうございます。というだけ。病気の間に母は死ぬ。母が生前言っていた、あなたのお父さんの墓に入りたいということを、実現させようと朋子は故郷にいくが、冷たくあしらわれる。和歌山の海は寄せるだけの波がきこえる。と女将仲間と一杯交わすところで終わる。

それにしても、この映画見所が一杯。

まず、言うまでもなく、俳優さんの演技。それぞれ持ち味がすごくだされている。男にだらしない母郁代に乙葉信子。すごくいやみな淫靡な女で都合のいいときにしか朋子のところに現れない役がなりきっている。そして真面目な陸軍青年に加藤剛。一瞬しか出てこなかったけど、江崎の奥さん役に奈良岡朋子。これが面会の時に、朋子が離しかけると、割って入ってくるような、一瞬でもすさまじい演技を見せる。朋子を育てる女将役に杉村春子。これもどんな生き方をしてきたのだろうという演技をみせる。脇をかためる三木のり平も下男から郁代に思いを寄せ都合のいいように郁代にあしらわれる役がイヤミなくやってのける。なによりすごいのがやはり朋子役の岡田菜利子。20歳から60までを本当に年をとったのかと思わせる演技。そして乙葉信子とのからみが本当に親子と思えるよう。すさまじい人生を、体ににじませる演技はすごい。

またこの映画のセットはすごい。さすが伊藤ヨシキ。雨月物語やその他の映画のセットを作ってきただけのことはある。遊郭のセット、座敷のセット、旅館のセット、大きさがすごい。どうやって作ったのかと。セットは大きいだけでなく、そのなかで流れるようなカメラの動きがある。これは相当緻密につくらないとできない。当時スティディカムがあるわけでないのに、カメラは縦横無尽に旅館、座敷の中を動き回る。これもいまでは考えられない。

木下監督の演出も、違和感もなく切なくなりすぎずオーソドックスなかにも、時に母親の自分勝手な話を聞く後ろ姿の岡田菜利子の姿だけで怒っている演出をしたりとなかな見せる。旅館のシーンでは、江崎の旧友が来て相手していると、別の客が来てそちらで相手して、さらに母がくる。忙しい朋子を一気にわからせてくれる演出も心憎い。芸者の稽古のシーンもすごい。三味線の稽古のシーンは外から三味線が聞こえ、それに対する幼い朋子の噂話をしているシーン。そとは雪。雪の中から部屋の中へカメラがゆっくり入る。部屋の中では子供の朋子が必死に先生と対じしながら三味線のシーン。すごく緊迫感ただよう。びっくりするのがシネマスコープだけれども画面に無駄が全くない。だから見ていて飽きないのですね。きっと見ごたえのある映画って話に無駄がないのと、画面に無駄がないから疲れずにみることができるのですね。しかも大きい画面なので、ぐいぐいと話しに引き込まれて、演出の術中にはまっている。しかもこけおどしはほとんどない。すごいぜ!木下監督!!!

昨年末に「sayuri」を見た。あの映画では芸者同士の嫉妬の中で、一途な愛に生きる女の姿を見事なセットと振り付けで見せていて、そこそこ面白かったが、この映画の前半部分でしかない。それよりもおおきな切ない愛。芸者あったためにかなしい恋。また母に対する女としての嫉妬。それでも生きていく大きな力をテーマとしている。セットも負けてはいない。こんな映画が作れていた時代があったんだと改めて感じる。日本的とか、ハリウッド的とかを除いてもこちらの映画の方が分が大きい。2本を見て木下恵介の大すごくわかる。改めて感服しました。

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