2007年3月 5日 (月)

展覧会 書道 「清真自詠書展」

本日、上野の東京都美術館に「清真自詠書展」を見に行って着ました。

書を見に行くというのは、非情に珍しいのですが、美術に興味のある方、是非お勧めですよ。

これ、本当の意味での、静なる総合芸術なのです。(まあ絵も、映画も音楽も同じく総合芸術ですけどね。)

一回みていただければわかります。

それぞれが作った、漢詩を大きな字で、しかも美しく内容を表現しながら、時には力強く、時には、ゆったりと。

それが組み合わさって、見事な作品が出来上がっているのです。

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上記は一例ですが、これが天井3メートル会場50メートルくらいに一杯に、飾られているのです。

この中に入った僕は、自分がとてもとても小さく思えるし、とてもとても周りの作品の光に圧倒されるのです。

この書道展はまったく人が入っていないので、とてもマイナーなのですが、主催している「清真会」というのは、あまり世に出てこない人たちなのです。

しかし、毎年東京都美術館の会場で毎年やっているということは、権威ある実績のある会でしかできないということは明白であり、実際見てみれば納得ができる。

隣では、「謹慎会展」というのが、大勢の人を集めてやっていて、ついでに見てみたが、遥かに、「清真自詠展」の方が迫力あるし、素人目にみても、こちらの方が面白い。

聖域に入ったような書の静けさと、大きな書から放たれてくるエネルギーの大きさが遥かに大きいからだ。

そもそも「清真自詠展」とは、知る人ぞ知る昭和の書家、故金子清超、故金子苔花、両氏(夫婦)によって作られた会であるという。二人は夫婦で書を高めていったが、世の書道は、どこの世界にもあるが、情実によって書家が紹介されていくといった慣習があったようだ。(なので、他の書道展は人集めがうまい。)

しかし、金子夫妻は、その情実から書の芸術を断ち切るため、さらに書は自分で書いた漢文もしくは、詩を自分の表現で書き現すことを旨とするために、「清真会」を作ったそうだ。

だからこそ会場にたゆまぬ綺麗な空気が立ち込めているように芸術が志向されている。人は少ないけれど、本物を求めて追求していく姿勢が強く覗えるのである。

今は、両人とも亡くなり、その弟子さんたちが会を推進しているが、高齢化が進んでいることが大きな問題なのでしょう。

毎年行くのを楽しみにしております。

なぜ、みゅうがこの「清真自詠展」を知っているかって?

実はみゅうの母親は、この「清真会」の理事なのでした。

(でもみゅうは書道はできません。)

何年か前に、たまたま来てみた母親の展覧会を見て、圧倒されてからすっかりファンになったのです。

上の写真は母親の作品ですが、母親の作品よりも、窪寺さん、土橋さん、唐松さん、小林さんといった人たちの作品は素人目でみても本当にすばらしいし圧倒されます。

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